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I don't have a dream

ども。今日は進路について考えました。
まぁ思ったこと、考えたことは色々あって。
それを文章にしてみました。

長ったらしい上に、話題が暗い、そして読み辛い、
読むのが気怠くなる記事となりますが、ご了解願いたい。
(いつものコトと言われたらいつものコトですが)


突然ですが、自分には夢がないです。
目標がないです、希望がないです、
故に、自分が「何をやりたいのか」がわかりません。

こう言った悩みは、生活に何不自由ない人間が抱えやすいらしいです。
然もありなん。
必死に何かをしようとしている人間は、
こんな事を考える暇などありはしません。

まぁ、端的に言えば、
裕福な環境にいるからこその「甘え」なんですよ。

この不景気に、飯に不自由することもなく、
大きな節制をしなければ暮らしていけないというわけでもない、
そんな「満ち足りた生活」を送っているからこそ、
「必死」になれていない、生きることに「必死」じゃない。

自分も必死に中学受験をやっていたころや、
全日制の学校に行っていた初めの頃は、
こんな事を考える暇なんてなかった。

ただただ毎日を送ることに必死になってた。
あの頃は負けず嫌いで、相手よりも優位に立とうとしていた。
向上心があって、どうにかしようと頑張っていたように思います。
色々なこともしました、具体的には言わないけど。

今思い返してみれば、あの頃は辛かったこともあったように感じますが、
一番充実してたと思います。


いつからか、自分は負けず嫌いじゃなくなった。
負けていても見返してやると思わなくなった。

いつからと変わったと言われたら、
恐らく中2の後半、病気で倒れるようになってからでしょうか。
休みが多くなり、普通に学校に通えなくなって成績も落ち、
次第に、負けた、駄目だった理由に、
「病気がちだったから」「仕方ない」「休んでいたから」
と理由をつけ出した頃です。


まぁ自分を客観視して考えてみたら当然です、
自分自身に理由をつけることを許してあげなかったら、
「頭痛を起こしたのは自分のせいだ」
と自らを追い込み、精神的な疲労を貯めこみ、
いずれどこかで破綻するのは目に見えています。

そりゃどこかで理由付けて納得しますよ。
実際そうだったし、周りも納得してました。
ただ自分はそこで、負け犬でいることに慣れてしまったんです。



そしてそれから数年間、学校に休んでは行きを繰り返し、
次第には学校に行ってる期間より休んでいる期間が長くなった。

色々なことがあって、
去年の8月、身体的な問題から、そして精神的な問題から、
全日制の高校から単位制の高校へ移った後、つまり今。

自分は今やっている勉強という行為に、
意味を見いだせていないんです。


そりゃもう「甘え」以外の何物でもないです。
今を必死に生きる方々からすれば、
「何と贅沢な悩みか」とお思いでしょう、当然です。

非道い話ですよ。
自分のように必死に生きようともしていない人間がのうのうと暮らせて、
今を必死に生きる人が辛い生活を強いられる。


巫山戯るなよと。どう考えてもおかしい。
こんな不条理が許されるべくもないでしょう。

「必死に生きなくてもいいことに悩む」などという、
「贅沢すぎる悩み」を抱えている、
自分のような人間こそもっともっと苦しむべきで、
今、苦しんでいる人間こそ救われねばならないと。


今までにそう思ったことも少なくないですし、
今のような生活を変えるきっかけはいくつもありました。
けど変えなかった、何故か。


変えなければいけないと思いつつも、
変えること自体から逃げていた。
否、逃げているんです。


今の生活はふとした時に摩耗する辛さを味わいますが、
「楽」なのは確かなんです。何か娯楽系のものをしていれば楽しいですし。

過ぎていく時間を素通りさせ、
無駄に、無為に、無価値にダラダラ過ごすのは「楽」なんです。


苦痛を避けて生きるなら、本能の赴くがまま、
空腹時に飯を食い、排泄をし、眠くなったら眠る。
それが叶う環境ならば、それをしていくのが一番楽なんですよ。


そんな生き方は、果たして野にいる獣と何が違うのか。
いや、生きるための努力をしている獣のほうが遥かにマシでしょう。
さらには、ただ磨耗しているだけならばまだしも、
貪欲に「娯楽」だけは貪ろうとする分、更にタチが悪い。


そういったことをしているのであろう自分自身が嫌いです、大嫌いです、
そんな自分を「消して」やりたくなる時もあります。
そんな自分を「消す」ことさえ徒労だと思っているから始末に終えない。

人として、生物として最低限のプライドを失った負け犬。
そんな自分が大嫌いです。


そんな自分を変えるためには「目標」が必要なんです。
そしてそれを探すには、経験値が、行動が必要なわけです。

その「目標」は個々によって違うものでしょう。
勉強は、この「目標」に対する解答を与えてくれはしないと理解しています。
与えてくれるなら、とっくに与えられていて、
恐らく「勉強自体」が好きという稀有な人間になっていただけです。

進路をどうするかを考えて、出した結論が、
自分自身の「目標」を探すとは、実にお粗末な結果ですが、
「辛いから何もしない。何もしないから、辛くなる」
という悪循環を断ち切るためには、
どこかの段階で行動し、人間的な経験値を貯め、
必死に、何がなんでもやり遂げたい、
そう思えるようになる必要があるわけですわ。






と、まぁアタリマエのことを鹿爪らしい言葉で書いていますが、
何を今更って感じですよね。




実際ずっと思ってたことですし。
だったらなおのこと悪いじゃねーかとも。


ただ思っている事柄を文章にするのって大事ですね。
ずっと考えていたことのはずなのに、
書くのに随分時間がかかりました。
大分気持ちも整理がつきました。

やっぱ文章っていいね。
読む事や、しゃべることに対しての喜びは随分前から知っていましたが、
こうやって書くことに喜びをここまで感じられるとは、
ここを休載したころには想像もしてなかったでしょう。

休載した頃はあれでしたね、惰性でしたね。
「読んでいる人がいるのだから続けよう」的な。
見ている人を増やそうともしてたかな?
んで、飽きたと。

今はむしろ、見られている、見られていないに関わらず続けられそうです。
「見るな」ではないですが、
こんな自分の思うがままを適当にぶっぱしているだけのものを見てて、

なんだか最近、随分人が多いけども、
楽しいのかな?面白いか?と思いますわ。

正直、他のところ行くほうがいいんじゃね?
大丈夫?こんなのが書いている記事だよ?




まぁ話がそれましたが、
とりあえず、今興味がある事柄を詳しく調べたりしてみようと思います。
今は災害救助系に興味を持っていますから、
親には防衛系ってどうだろうとアドバイスを受けました。
色々と考えていきます。


遅すぎるスタートダッシュ、
いや、スタートラインに立つ作業となりましたが、
まぁ必死、いや決死になれば、人間色々出来るもんです。



そんな当たり前なことすら出来ていない、
自分を自嘲しつつ。

さてさて、ぼちぼちやっていくとしますか。
これが自分のモラトリアムとなればいいのですがね。



随分長ったらしく、暗く、読みづらい文章ですが、
ここまで読んでいただけたならば幸いですわ。


もしもここを読む人間に自分似た境遇の方がいたら、
少しでも参考になれば幸いです。

ムカツいた、カチンときた、何贅沢な悩み抱えてんだ、
などと不愉快になった方がいらっしゃいましたら、
存分に罵ってくださいまし。
今回紹介する曲は、JAM Projectの「未来への咆哮」です。

実は最近あまり聞かないようにしている曲。
聞きすぎによる、飽きが怖いのです。

そして自分をこっちの世界へ引きずり込んだ曲。


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Author:桜火

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