1. Top
  2. » スポンサー広告
  3. » 日常(と言う名の未分類)
  4. » 救うのであれば負の感情を持って行くな。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • ジャンル :

救うのであれば負の感情を持って行くな。

【東日本大震災】石原知事“花見禁止令” 戦争時の「連帯感は美しい」
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/110330/mca1103302006015-n1.htm

さて、コレに対してこんな記事が。

東京都民よ!「自粛」なんかよして、花見に行こうぜ!
http://getnews.jp/archives/108274

正直、2つ目の記事の記事の書き方は微妙…
というよりかなり読んでてイラッとくる文章ですが(おまえが言うな?ごもっともです)、
意見はそこそこ同意できたのでこの話題を取り上げます。

とは言っても2つ目の記事で書かれている「自粛」することによるマイナスな点(景気が潤わないなど)は、
さんざん語りつくされているので、今更言及しませんがね。


発言内容をもう一度考えてみようと思います。
さて、この都知事の発言内容ですが、
根本的なところで石原都知事は「自粛」の意味をそもそも履き違えちゃいないでしょうか?
「自粛」とは、自分から進んで、行いや態度を慎むことです。
自粛しろと立て看板を置いて、騒いでいるとガードマンが自粛を要請する。これは「自粛」なのでしょうか?

石原都知事の言う「連帯感」も疑問をいだきます。「連帯感」って強要されるものなのでしょうかね。
ただ「戦時中の連帯感」という意味ではこの「自粛令」は確かに近いかもです。
戦時は逆らったら殺されるという状況でしたし、
石原都知事の掲げた「自粛令」というものについても政治が・上から・連帯感を強制している。
まさに「戦時中の連帯感」ですね。

「自粛」や「連帯感」を強要するという段階でおかしい話なんですよね。


まぁ、石原都知事の意見の意図に関してだけ言えば、ある程度はわからなくはないです。
痛みを共に分かち合って、「連帯感」を高めようという考えは、
不幸な目にあった人間同士での集まりならば、これは間違っちゃいないんでしょう。
そして、石原都知事はそんな「連帯感」を高めるために、我々も自粛をしなければならないと言っているわけです。


要するに、
「苦しんでいる人たちがいるから、自分たちも苦しんで、被災者の方々と痛みを共有しあおう。その上で協力しあおう」
ってことですよね。

でもこれって例えるならば、
「崖の下にいる苦しみを分かち合うため、崖の上にいる人間がわざわざ下に降りる」というようなものです。
この例で言うならば石原都知事が言った「連帯感」とは、「一緒に崖を這い上がろうという精神」ですね。

つまり石原都知事の発言をこの例に訳すと、
「崖の上に入る人間は一旦崖の下まで落ちよう、そして皆で崖を登ろう」ということですね。
しかも今石原都知事は、崖の上にいる他の人へも落ちることを強制していると。その上で協力して登ろう言っていて、
その協力しようという気持こそが「連帯感」だと言っていると。


個人的に思うのですが、「上にいる人間が協力しあって、崖の下の人を引っ張り上げる」ほうがいいのではないでしょうか。


花見だってやりたいならやればいいんです。自粛するかどうかは、その人次第。
個人個人でやめとこうと思うならやめる。やりたいならやるでいいんです。
自粛しなければいけないと他人に言う奴は、自粛の意味を根本から履き違えています。

自粛という行為をするにしても「被災者感情を考えたから」では一緒に落ちてるだけです。ただの自己満足です
「エネルギーの無駄遣いを避けるため」などの理由を持った上で自粛という行動をしなければいけないんです。


「苦しみを分かち合う」必要があるのは、もうすでに苦しみを得てしまった崖の下にいる人間だけ。
まだ苦しみを得ていない崖の上にいる人間まで、不幸になる必要はないんです。
崖の上にいる人間と崖の下に入る人間は、共に喜びを分かち合えるように努力するべきなのですよ。






では、徹夜テンションの桜火がお送りしました……おやすみなさい。
今回紹介する曲は、ZARDの「負けないで」です。


スポンサーサイト
プロフィール

桜火

Author:桜火

カウント 
最近の記事
カレンダー
カテゴリ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。